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2007.08.21 カラフル
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3ヶ月ごとに定期検診に通っていた歯科医院。
今度の予約を入れようと電話をしたら、
「今月いっぱいで閉院することになりました」
とのこと。

高い金取られて、レントゲン撮ったり、「もうすぐ歯(親不知)を抜かねばなりませんね」などと言われてきたのに。

なぜか定期検診する羽目になって、言われるがままに律儀に3ヶ月ごとに通っていたのに。しかも、電車を乗り継いでまでして。

勝手なもんだ。商売を止めるときは。連絡ひとつよこすわけでもなければ、撮ったレントゲン写真等の治療カルテを提供しましょうかという話があるわけでもない。

これで、新しい歯科医院に転院しなければならないとしたら、また1から始めなければならないのだろ。レントゲン撮ったりさ。高い金取られて。

馬鹿馬鹿しい、というか理不尽だな。


ふと、足を見たら、黒ずんでいた。
昨日、風呂上がりに湯船に強打した指がね。

痛かったものなぁ。これ、骨折していないよな。

中学生の頃、別の指だけど同じように黒ずんだことあったっけ。あの時は骨折していたもんな。

大丈夫やろか。
自分にデリカシーが欠けていることなんて疾うに自覚している。
何度も何度も再認識させられてきた。
けれども、そうやって糾弾される時は、いつも辛い。虚しくなる。
自分が変われない、変わらないということへの絶望よりも、「デリカシーに欠ける」と私を糾弾する人が、「悪いのは全てお前」とばかりに責任の所在を全て私に求め、口汚く罵り、自分の言いたいことだけを言って去っていくこと、その理不尽さにやるせない気持ちになる。

優しさ、思いやりを相手に求めるはずの人が、なぜにそのように残酷に、そして身勝手に振る舞えるのかと。

そうやって、結局は自己弁護に走り、自分を慰めようとするから、結局何も変わらないんだな。

人を喜ばせたい、沈んでいる人を笑わせたい、困っている人、苦しんでいる人の力になりたい。

思い起こせば、幼稚園の頃からずっとそのように思ってきたけど、独り善がりでいつも空回りし、失敗を重ねてきた。
周囲に迷惑をかけるだけかけて、批判の刃が自分に向けられるだけで、後には何も残らなかった。結果だけ見れば、何もしない方が良かった。

嗚呼、もう嫌だ。自己弁護自己弁護自己弁護。

結局これだ。そして、何も変わらない。

それでも前に進まねば。
2007.08.12 かきたい
絵を描きたい。
去年も同じようなこと言っていたっけ。
教則本みたいなもの何冊も買い込んだだけで満足してしまって、結局書かずに終わってしまったのだけど。

ギターでもハーモニカでも、それこそ勉強でも、いつだって同じだ。その繰り返し。
ま、それは置いておくとして。

私は色鉛筆画が好き。
やさしい色合いが好きなんだ。

負担にならない程度に、何かちょっと描いてみようかな。
先日、仕事帰りにバイキングに行った。
私がここ最近よく行くバイキングは、ケーキ、パスタが食べられる。
昨日は5皿食べた。よくある三色皿で5皿分だ。

バイキングのコツは同じものを食べ続けないこと。
パスタその他のご飯系を食べたら、次はケーキ系を食べる。
そして、次は再びご飯系というように、交互に食べるものを替えるのだ。

美味しいからといって立て続けにたらふく食べると、満腹感よりも前に気持ち悪さが先に生じてしまう。
結果として、まだ腹に隙間はあるのにギブアップという不本意な思いをせねばならなくなる。

昔、盛岡の椀子そばで、111杯しか食べられなかったという苦い思い出がある。
あの時も、まだ満腹ではなかったが、吐き気の方が先に生じてしまい、泣く泣く蓋を閉めざるを得なかったのだ。
店を出た後、無性に肉が食べたかったのを今でも記憶している。
満腹なのではない。気持ち悪かったのだ。

話を戻そう。

肉体の限界まで食べ続けるためには、満腹になる前に吐き気を催してはいけない。それを回避するためには、同じものを食べ続けるのではなく、様々なものを順々に食べ続けることが必要だ。

そうして、私は満腹になるまで食べ続け、そして結果的に満腹ゆえに気持ち悪くなると結末を迎える。

嗚呼、日々是相田翔子なり。
バイキング、食べ放題というのはそういう因果なシステムである。

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