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政治参画:高岡の女性…「選挙に出馬」は変わった人--市民団体が調査報告書 /富山(引用記事:毎日新聞【2006/05/18】)

 ◇議員への理解者少ない、若い人の活動に期待も

 女性が政策・方針決定過程に参画し、活躍することを目指す文部科学省の「上へのチャレンジ支援事業」の一環として、富山県高岡市の市民グループ「ステップアップ高岡実行委員会」が昨年10月から、地元における女性の政治参画の歴史について調査した。このほどまとまった報告書では、女性が初めて参政権を得た1946年4月の衆院選で実際に投票した女性にインタビューするなど、県内の戦後の女性史の一端がうかがえる。【青山郁子】

 99年に男女共同参画社会基本法が制定されたものの、議員や行政、企業の管理職など政策、方針決定の場に参画している女性は、全国的にもなかなか増加しない。昨年11月の高岡市議選でも2人の女性議員が当選したが、女性議員の比率は6・5%にとどまっている。

 そこで同実行委では、高岡の女性たちが政治参画のために過去、どのような動きがあったのかを知るため、「むかしの選挙ききとり隊」を結成。20~80歳代の約20人が、戦後の選挙の様子などを今年3月まで調査した。

 内容は、同市の戦後の資料集めから始まり、女性が初めて参政権を行使した時の選挙について事前アンケート。その中の10人から、直接聞き取り調査をした。

 報告書では、46年の衆院選から4回出馬し、落選した鞍馬可壽子さん(故人)について当時の報道記事などで紹介。聞き取り調査を受けた80歳の女性は、「初めて民主主義、社会主義、デモクラシーなどという言葉を聞き、私なりに勉強しようと青年団に入った。高岡市の弁論大会に出たら『黙れ』と言われて、頭に血が上った」などと、60年前を振り返っている。

 また1940年ごろに来県した市川房枝さんの演説会に参加したという83歳の女性は「女だてらにと夫から反対されましたが、聴きに行きました。地域の人から『発展家』と言われ抑制されましたが、(選挙は)棄権したことがない」と話している。このほか、「教員の定年退職の年齢が男女で差があり、悔しい思いをした」という記述もある。

 実行委の一人、山下清子さん(61)は「今でも選挙に出馬する女性は変わった人と見られることもあり、『女性議員への理解者が少ない』という政治風土は、今も昔も変わっていないと感じた。このような活動を若い人が継続して、少しずつでも女性の政治参画が進めば」と期待している。

 報告書はA4判、97ページ。非売品で、詳細は山下さん方(0766・23・1054)へ。

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