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日韓住民の思い海峡越え実る 武寧王生誕記念碑25日除幕 構想浮上から7年 唐津市・加唐島(引用記事:西日本新聞【2006/06/10】)

 唐津市の離島・加唐島(かからじま)と韓国・公州市の住民が共同で取り組んできた古代朝鮮の百済国王「武寧王(ムリョンワン)」の生誕記念碑が加唐島に完成、25日に除幕式が行われる。構想浮上から7年。資金不足や日韓関係の悪化で計画が暗礁に乗り上げた時期もあったが、「日韓交流のシンボルをぜひ加唐島に」と願う両地域の住民の思いが、海峡を越えてついに実った。

 加唐島は、呼子港からフェリーで15分の玄界灘に浮かぶ島で、人口約220人。昔から島に伝わる武寧王生誕伝説を基に「日韓交流の島」として1999年に島民が実行委員会を結成。2002年から毎年6月に武寧王生誕祭やシンポジウムを開き、小学生のホームステイなどで公州市との交流を深め、記念碑建立運動を進めてきた。

 完成した記念碑は、公州市で発掘された武寧王陵の玄室を基に同市がデザインした。ドーム状の石碑は高さ3.4メートル、幅2.6メートル、重さ約20トン。約700万円の建設費の半分を公州市が負担し、残りは、加唐島の住民たちが全国にカンパを呼び掛けて集めた。

 当初、日韓国交正常化40周年の昨年に除幕を目指していたが、小泉純一郎首相の靖国神社参拝や竹島問題など日韓関係の悪化もあり、1年延期された。

 除幕式には韓国側から公州市長ら約60人が訪れる予定。坂本正一郎・実行委副会長は「小さな島の呼び掛けに全国から支援を受けた。日韓交流の島として新たな一歩を踏み出したい」と話している。

■武寧王生誕伝説
 武寧王は4―7世紀に朝鮮半島で栄えた古代国家「百済」の第25代国王。日本書紀に「雄略5(461)年、筑紫各羅嶋で生まれた」という趣旨の記述があり、これが「加唐島」ではないかと伝承されてきた。1971年、公州市で見つかった武寧王墓誌から、王の生誕年が日本書紀と1年違いの462年と判明。加唐島生誕説の信ぴょう性が高まり、2001年には韓国の学者が「日本書紀の記述は正しい」とする論文を発表し、韓国でも話題になった。

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