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私は紀行文、旅行記が好きだ。

と言っても、そんなに多読しているわけでもないのだけれども。
というのも、作品を選ぶから。

私が読みたいと思うポイントの一つは、作者、すなわち旅人の人柄が好きになれること。
私は書中の旅人を通じて疑似体験をする。よって、どんなにすごい旅をしていても、当の人物が好きになれなかったら、そこで見聞きする物、感じることに共感を覚えず、むしろ、不快感を覚えてしまうから。

「粗にして野だが卑ではなし」ということを口にした人がいたが、「この人、下品だな」という印象を覚えてしまったら、もう読む気がなくなる。
逆に、粗野であっても、どんなにむさ苦しかったとしても、清々しく潔い人柄の人の旅であれば、読みたくなる。
そういう人が旅の中で出会う人もまた、すばらしい人物が登場するからだ(あくまでも、旅人のフィルターを通して描かれる人物像だから、当然ではあるが)。

友達になりたいと思えるかどうか、そこが分かれ目だ。
友達のいない私が言うのもおかしいけれど。

旅行記は、旅人の性格によって、陰と陽に大別される。
たかのてるこから感じるものは陽。
沢木耕太郎から感じるものは陰。

同じ一人旅を描いていても、そして、旅の中での多くの出会いが描かれていても、私は上記のように感じる。

私は陰。愉快で面白い体験記、書こうと思えば書けなくはないだろうが、本質的には陰だ。
陰の人の本を読むと、自分がひとりであるということを実感する。
陽の人の本を読むと、人との繋がりを感じることができる。

陰の人の本は、内面世界が多く描かれる。
陽の人の本は、その逆か。

気分が滅入っているような時は、陽の人の本の方が読みやすい。元気をもらえるから。
陰の旅は、気力を必要とする。

どちらが好きかといわれれば、共感度から言っても、陰の方なのだけれども、上記のような理由から、その時々で読み分けているし、陽の人のものでも、その旅人が好きになれるかどうかが一番重要なので、物によっては楽しく読んでいる。何回でも。
陰の人の本は、疲れるからね。そういう旅を何度でもしろと言われたら、ちょっと充電期間をくれと言いたくなるだろうし。

本を買った。
「行かずに死ねるか」

自転車世界一周の旅を描いたものである。
この本、昔から知っていたのだが、買うのを躊躇していた。
米国から出発するという点。そして、何となく自分とは違うなと言う生理的な違和感を感じた点がその理由。

まあ、読み進めてみたら、違った印象を覚えるかもしれない。
旅に飢えている私は、とりあえず旅行記を読むということを優先させた。
と、同時に再認識したこと。

やっぱり、私はアジアに憧れを持っているのだなということ。
たとえ、どんなに猥雑であったとしても。

「下品が嫌い」などと言っているくせに、矛盾している。

人間はロジックじゃないね。
いや、ただ、自分を偽っているだけかも。

こっちが本当の自分なのかもしれない。

旅に出たい。

私はどこへ向かうのか。
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